↑買ってから一週間経ったエノキタケは冷蔵庫の中で確実に成長している。
はーい夏目ですよ
今日は、一日の終わりになんか今日はしようと思ったこと全然できなかったな。
と思う人、集まれー。
仕事しかしてないな。と思う人も同じ。
1.何もしてない、の「何も」とはなにか。
なんか今日、何もしてない、って思うときって大概夜です。
なんか一日終わって、やることやった。今日も目の前にあるものをちゃんとこなした。
でもなんか、燃えるような達成感はないし、
まぁ…頑張ったけど、ほんとはもっとゆっくりしたい。
けどゆっくりしたらまた退屈になるのかな。
ブログ書きたいけど疲れて頭働かない~
そんなふうに過去の私も、ずーっと思っていました。
いや!あなたは仕事に行った!
もしくは家事をした!えらい!!
なんていうつもりは、毛頭ないぜ。えっへん。
なんかね、「何かをする」っていうことがえらい、
素晴らしいという風潮をね、どっちかというと変えていきたいのが、
このブログの立ち位置であります。
何もしてない、の、「何も」とは、なんか自分を表現するような建設的な何かとか、
掃除とか、こまごました
やることの消化だったりして。
以前から気になっているやろうやろうと思っていることって、
心の容量を圧迫するので、早めに手を付けようと思うのに、
夜になるともう頭が働かないのね。
2.何もしなかったの裏にあるもの
したこと、やったことを数えるのって、
自己肯定感が上がるとか、なんか自分をほめるとか、
そういうことに繋がってる気がして、いい気がする。
でも、なにかしたことを素晴らしいことだと定義すると、
思ったことをこなせなかった日は、ダメな日になっちゃうよ。
やらなきゃな~
やりたいな~より、ほかに優先したいことがあってそっちをした。
仕事をした、でも、子供のお世話で一日が終わった、でも。
わたしが今日大切にしたかったことは、何?
って聞いてあげてほしい。自分に。
3.裏で叶えたことをまず見てね
自分のとった行動や実績で自分を見るんじゃなくて、
その裏で、大切にしたかった思いに、気が付いてほしいの。
例えば、なんか今日は寝てばっかりいたな。
掃除も料理も全然やろうと思ってたことできなかった。
って思ったとしても、
何もできなかったんじゃなく、ゆっくりする、を選んだわけ。
それがえらいとかえらくないとか、そういう枠でわけなくてもいい。
ゆっくりしたなぁ。
ゆっくりしたかったんだなぁ。
それをかなえてあげたなぁ。
<完>
自分をえらい!とかいちいち褒めるのって、わざとらしくてなんかあんまり好きじゃないんですが、みなさんはどうでしょう。
やったこと、したことだけで自分を判断しないで、
そんなことより深くにあるものを見て、
わたしたちは、自分で自分を幸せにしない?
今日から12月。
夜ごはんは、暖かい鍋にしましょうか。
うち?うちはタンドリーチキン焼くよ!
もう味がついてて、オーブンで焼くだけのやつ!うん!全然鍋じゃない!
サニーレタスが、農園から山ほど送られてきたからさ…
味付きチキンなら、サニーレタスもしゃもしゃ食べられるかなって…
へへ
コメント